1. はじめに
地下水汚染が確認された、又は確認されるおそれがある土地については、土壌汚染対策法に基づき、人の健康への影響を未然に防止する観点から、地下水汚染が拡大するおそれのある範囲を適切に把握することが重要です。
今回は、土壌汚染対策法施行規則(環境省令)規則第 30 条第 1 項各号に規定される「周辺」の考え方、すなわち特定有害物質を含む地下水が到達し得る範囲(以下「一定の範囲」)について、各有害物質ごとの違いと、その算出方法を体系的に整理してみました。
2. 一定の範囲の基本的な考え方
2-1 周辺に飲用利用がある場合の判断
「周辺で地下水の飲用利用等がある場合」とは、地下水の流動状況等からみて、地下水汚染が生じているとすれば拡大するおそれがあると認められる区域内に、飲用井戸等、規則第 30 条第 1 項各号に掲げる地点が存在することをいいます。
ここでいう飲用利用とは、浄水処理の有無や飲用頻度にかかわらず、人の飲用に供されている地下水を指します。
高濃度汚染が存在する可能性を踏まえれば、使用頻度が低いことや簡易な浄化処理が行われていることをもって、安全が確保されているとは言えないためです。
2-2 一定の範囲の定義
一定の範囲とは、特定有害物質を含む地下水が到達し得る範囲を指します。
この範囲は、
・特定有害物質の種類
・地層・土質
・地下水の流向・流速(透水係数、動水勾配等)
といった条件により大きく異なります。
そのため、個々の事例ごとに地下水の流動状況や水質測定結果に基づき設定することが原則とされています。
3. 一定の範囲を設定する際の三つの観点
3-1 人の健康の保護
汚染土壌から地下水中に溶出した特定有害物質は、地下水の流れに沿って下流側へ移動する。移動過程では、吸着、揮発、希釈・分散、化学分解、微生物分解などの自然減衰(Natural Attenuation)が生じ、濃度は一般に低下する。
しかし、下流側の一定範囲では地下水基準に適合しない濃度が維持される可能性があり、この範囲内で常態的に地下水が飲用利用されていれば、人の健康への影響が生じるおそれがあります。そのため、健康保護の観点から一定の範囲を設定する必要があります。
3-2 健康被害回避のために必要な限度
地下水経由のリスクを対象とした措置(地下水モニタリング、原位置封じ込め、遮水工等)は、直接摂取リスクに対する措置と比べて高コストです。
したがって、要措置区域における措置は、健康被害を生じ、又は生じさせるおそれのある状態を回避するために必要な限度で求められるべきであり、一定の範囲内に飲用井戸等が存在することが重要な判断要素となります。
3-3 地域特性への配慮
地下水の流動状況は地域ごとに大きく異なるため、一定の範囲は都道府県が地理的・地質的条件や地域特性を踏まえ、事例ごとに柔軟に設定できることが必要です。
これらを踏まえ、一般値を設定する場合には、汚染事例の 70~80%程度が含まれる距離を目安とする考え方が採用されています。
4. 地下水汚染が到達し得る距離の算定方法
4-1 算定手法の概要
地下水汚染の到達距離の算定には、Domenico(1987)による移流分散理論を参考にした、帯水層の層厚を考慮しない平面二次元解析解が用いられています。
この手法により、土壌溶出量基準不適合による区域指定範囲を起点として、100 年後の地下水汚染到達範囲を推定することができます。
4-2 計算に必要な主な情報
| 区 分 | 内 容 |
| 有害物質条件 | 基準不適合物質名(特定有害物質の種類) |
| 地質条件 | 帯水層の土質(透水係数、有効空隙率等) |
| 水理条件 | 地下水の動水勾配、流向・流速 |
環境省は、これらの条件を入力することで到達距離を算出できる簡易計算ツールを提供しています。条件が不明な場合には、透水係数が大きい土質(例:礫)を選択するなど、過小評価とならないよう安全側で設定することが求められています。
5. 有害物質ごとの地下水到達距離の一般値
過去の地下水汚染事例および一般的な都市域の砂層条件(地下水実流速:約 23m/年)を想定し、各有害物質について一般値が設定されています。
5-1 特定有害物質別 地下水汚染到達距離の一般値
| 特定有害物質の種類 | 一般値(m) | 特徴・考え方 |
| 第一種特定有害物質 | 約 1,000 | 移動性が高く、長距離にわたり影響が及ぶ |
| 六価クロム | 約 500 | 比較的移動性が高い |
| 砒素・ふっ素・ほう素 | 約 250 | 吸着等の影響を受けやすい |
| 鉛、水銀、セレン、第三種特定有害物質 | 約 80 | 移動距離が比較的短い |
これらの一般値は、個別条件による詳細評価が困難な場合の参考値として位置付けられています。
一般値の設定方法の概要は、以下のようにまとめられます。
第一種特定有害物質
第一種特定有害物質については地下水汚染の汚染源(推定)から基準適合しない井戸までの最短距離(全 119 件)について、その 80%が 650m以内であることから、この地下水汚染が発生してから概ね 30 年を経過したものとみなし、シミュレーションにより汚染が発生して 100 年後の汚染の到達距離を解析した結果を用いています。
第二種・第三種特定有害物質
第二種特定有害物質の内、地下水汚染の汚染源(推定)から基準適合しない井戸までの最長距離が判明した物質(全シアン4件、鉛2件、六価クロム 11 件、砒素9件、水銀1件、ふっ素5件、ほう素1件)については、汚染物質の移動性の観点から3つにグルーピングし、第一種特定有害物質の検討から得られた地下水流速(23m/年)を用いてシミュレーションにより汚染が発生して 100 年後の汚染の到達距離を解析した結果を用いています。
第二種特定有害物質の内、地下水の汚染源(推定)から基準適合しない井戸までの最長距離が判明しなかった(カドミウム、水銀〔アルキル水銀〕、セレン)及び第三種特定有害物質については、シアンと同等とした。
5-2 地下水流動方向と調査範囲
地下水の流動方向は、不圧地下水における動水勾配(地下水位面の最大傾斜方向)が主流動方向となります。飲用井戸等の有無を把握すべき範囲は、原則として主流動方向の下流側を中心に、左右各 90 度(合計 180 度)とします。
ただし、地下水流向が安定している地域では、左右各 60 度(合計 120 度)とすることも可能です。
6.計算ツールで使用しているパラメータの考え方と設定内容
6-1 解説(パラメータ設定の考え方)
本計算ツールは、土壌溶出量基準不適合により区域指定された範囲を起点として、100 年後に地下水汚染が到達し得る距離を簡易的に算定することを目的としています。
このため、実際の地下水挙動を完全に再現するものではなく、健康被害防止の観点から安全側となる条件設定を基本としています。
(1)汚染源条件
・汚染源の平面範囲は、有害物質の区分ごとに一律の代表値を設定している。
・深度方向については、帯水層全体に汚染が及ぶものとして評価する。
(2)汚染源地下水濃度
・第一種特定有害物質は高い移動性を考慮し、100 mg/L を一律設定。
・第二種・第三種特定有害物質は、物質の特性に応じてデフォルト濃度を設定している。
・実測値がない場合でも、過小評価とならないよう保守的な値としている。
(3)地下水流動条件
・透水係数、動水勾配、有効間隙率は、地下水の実流速を決定する重要な要素である。
・これらは原則として既存の地質調査結果や地下水位測定結果に基づき、事例ごとに設定する。
・不明な場合には、より地下水が流れやすい条件を選択することが求められる。
(4)遅延・分散・分解に関する条件
・土壌への吸着は、**有機炭素含有率(foc)と分配係数(Koc または Kd)**により評価する。
・分散長は、過去の地下水汚染事例から得られた一般値の 1/10 を採用し、簡易モデルとして整理している。
・半減期(一次分解)は、物質ごとに設定するが、第二種特定有害物質については分解を考慮しない。
7.重要なポイントとなる透水係数とは
(1)透水係数(K)とは
その地層がどれだけ地下水を通しやすいかを表す指標です。
・値が大きい → 地下水が速く・遠く流れる
・値が小さい → 地下水がゆっくり・近くしか流れない
したがって、地下水汚染の到達距離を左右する最重要パラメータの一つです。
(2)土質によって透水係数が大きく変わる理由
透水係数の違いは、主に次の 3 点で決まります。
・粒径の大きさ(粒が大きいほど水が通りやすい)
・粒度のそろい具合(隙間が連続しているか)
・細粒分(シルト・粘土)の混入量
特に重要なのがシルト質で、「シルト質が少し混ざるだけで、透水係数が大きく低下する」という点です。
(3)代表的な土質ごとの違い
1.礫(れき)層 ― 最も水が通りやすい
【項目内容】
透水係数約 1×10⁻³ m/sec 粒径数 mm~数 cm 空隙大きく、連続している
【特 徴】
水の通り道(空隙)が大きく連続している
地下水の流速が非常に速い
汚染物質も短時間で遠方まで到達しやすい
【地下水汚染評価での意味】
同じ汚染源条件でも、
到達距離が最も長く算定される
土質不明時に「礫」を選ぶのは最も安全側
2.砂層 ― 一般的な帯水層
【項目内容】
透水係数 約 1×10⁻⁴ ~ 10⁻⁴․⁵ m/sec 粒径 0.1~2mm 空隙比較的連続
【特 徴】
都市部の浅層地下水でよく見られる
地下水は安定して流動
多くの一般値・想定条件は砂層が前提
【地下水汚染評価での意味】
到達距離は礫層より短い
一般値(例:第一種 約 1000m)はこの条件を想定
3.シルト質砂 ― 少量の細粒分が決定的に効く
【項目内容】
透水係数 約 1×10⁻⁶ m/sec 粒径砂+シルト(0.075mm 未満) 空隙細粒分により目詰まり
【特 徴】
シルトは粒が非常に細かい
砂の隙間を埋めてしまう
水の通り道が遮断される
結果→見た目は砂でも、透水性は激減
【地下水汚染評価での意味】
地下水流速が大幅に低下
汚染物質の移動は非常に遅い
到達距離は大きく短縮される
(4)シルトが混ざると透水係数が小さくなる」理由
地下水は「粒の間の隙間」を流れるため、その隙間を細粒分(シルト)が埋めると、一気に流れにくくなる、というイメージです。
例えるなら、
礫層:ジャリ道(水が一気に流れる)
砂層:砂浜(そこそこ流れる)
シルト質砂:目の詰まった土(水が染み込むだけ)
(5)計算ツールでの扱いと実務上の考え方
【なぜ土質が重要か】
【実務での判断ポイント】
土質が不明 → 礫を選択(安全側)
ボーリング等でシルト混入が確認 → 砂ではなくシルト質砂を選択
層が不均一 → 最も透水性の高い層を重視
(6)まとめ
透水係数は地下水汚染の到達距離を決定づける重要な要素であり、礫層では地下水が速く流動するため汚染の影響範囲が広がりやすい。
一方、砂層にシルト質が混在すると、細粒分が間隙を充填することで透水性が大きく低下し、地下水の流動および汚染物質の移動は著しく抑制されます。このため、土質の判定にあたっては細粒分の有無を十分に考慮する必要があります。
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